じぶん

ワットでワタシもかんがえた。

Lâu quá không gặp anh chị em!
Long time no see!
ご無沙汰しております。越南職業婦人、今日も元気に働いております。

なかなか更新の腰が上がらない日々を過ごしている間に、2020年を迎えました。
2020。偶数ぞろい。2000年代以来の「数字に曲線多い感じ」が実に女性的。世界では大変なこともありましょうが、「やさしく・つよく・おもしろく」生き抜く2020年でありたいと思います。「ほぼ日」さんの言葉はじんわりと心に染みてくれます。

さて。休暇中のワタクシ、家族たっての希望でカンボジア・アンコールワットへ行ってきました。ホーチミンからシェムリアップまで,飛行機で約50分。同じベトナムのダナンより近いです。島国住まいの人間にとっては、陸路で国境越え!というのも憧れではありましたが、時間と安全性から今回は飛行機を選択。

カンボジアという国は,まだ不安定な状態のようです。また,カンボジアは東西の国境がタイとベトナムに接しており,両岸からの侵攻に苛まれながら在ったようです。「ヘビの口の中にいる」とはガイドさんの弁。
そんな背景を持っていることを聞き,「ガイドさんは,ベトナム人が嫌いですか?」と尋ねてみました。真意としては「○○人だから,という理由で,その人自身を嫌いになってしまいますか?」という意図でした。
ガイドさんの返答はあっさり。「ベトナム人は嫌いですよ」 と。
「○○人だから」という気持ちは消えないのだ。 特に,戦争が絡むと,生き死にが絡むと,そうなってしまうのか、と心が冷える感触を覚えました。

最近では、新型ウィルスに関することが人種の問題にまで発展しているような場面にも遭遇しました。「中国人お断り」「中国人が多く住んでいる区画には近づくな」など。顔立ちが似ている日本人も、避けられたり揶揄されたりしている話も聞きます。なんともやるせない気持ちになります。

「日本人だから許せない」と言われていた時代がありました。日本人も傷つきましたが,それ以上に傷つけたこともあったはずです。どの国も,美しい面もあれば,目を背けたくなる暗い事実もあるでしょう。キリングフィールドを歩きながら思ったことは「どの国で住んでいても,生まれた場所が どこであっても,『自分』という国を創りあげていけばよいのではないか。」ということでした。自分の良さが自分で理解でき,自分の良さを充分に発揮でき,したくないことはし ない。やりたいこととできることが合致し,自分の仕事が誰かの役に立つ。好きなもの,好きな人,好きなことに囲まれて生きていく。そんな「自分王国」ができれば,どこにいても心軽やかに生きていけるのではないかと思います。そして、他の「王国」に過干渉しないこと。
自分を守るための闘いは、ときには必要です。けれども、利己的な目的で、他者に干渉するのはお互い痛い目に遭うだけではないかと。

「過干渉」は控えめに。
「不干渉」でも「不感症」でもなく「俯瞰しよう」の気持ちで。
自分によりフォーカスし、まわりのことは「やさしく・おもしろく」俯瞰で見ていきたいと、ワットでボーッと考えていたのでした。